【書評】 新「親孝行」術
摂理人と親というのは永遠に切っても切り離せない関係。
摂理に来れたのは親のおかげであるけれど、親には誤解を与えないようなかなか考えていることを伝えられず、ひそかに祈る日々。

そんな摂理人にオススメ本がありました。

御言葉聞いて心が救われているから純粋に親孝行したい気持ちはあるんだけどどうもなあ・・・

こんな摂理人のためにみうらじゅんさんが講師となって徹底指導してくれます。

新「親孝行」術 (宝島社新書)新「親孝行」術 (宝島社新書)
(2001/10)
みうら じゅん

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私たちの親孝行の間違った観を徹底的に粉砕し、超具体的な現実的テクニックを指導してくれました(笑)。

たとえば帰省したら母親にはまず彼女が最も関心を払っている「居間の飾り」と「台所の家電」の話題から入って行けというような、ペテロと魚もびっくりの初級講義に始まり、「父」と「母」は「両親」というくくりにはせずに必ず分けて接しないといけない、といった中級講義、親父と寿司屋に入った時の席順はこの配置がベストで、話を聞く姿勢はこのようなスタンスが最も喜ばせることができるといった具体的な方法(肉の救い)がユーモアたっぷりに繰り広げられます。電車で読む際には噴き出さないように注意が必要です。

笑いあり感動あり涙あり。2時間くらいでサクッと流し読みできます。
すべての講義を受けたらひとつの悟りを見出すことでしょう(笑)。
【2008/08/28 07:32】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
愛と選択
「仕事とあたしとどっちが大事なの!?」

世の男たちを震撼させるドラマの代表的なセリフですが、愛と選択は常に関係しているなとふと思いました。

学生時代にはここで「仕事」なんていってしまった日には最低最悪のレッテルを女子から貼られてしまうわけですが、年齢を重ねるにつれて「そういうこともあるわよね」という返答も出てくるようになりました。

とはいえ、たとえこの時一時的に仕事をとらないと明日死ぬかもしれないという状況であっても、それを理解するぐらいいろいろ経験した人であっても、人は心の中で100%の純真な愛の答えを期待しているのではないかと思います。補足や言い訳なしに。期待通りの答えを得られたら、嬉しい。

僕らの生活の中でも、そのとき神様をとるのか自分のことをとるのか選択があります。
もちろん常に神様が望むようにしたいし、そうするとうまくいく。
神様を選択した時に、もう一方で失われるものが小さければ簡単に神様の方を選べる。

でも失われるものが大きくなっていくと・・・?

心底迷う。そもそも神様はそっちを願っているんですか、とか根本的にひっくり返してみたりして。
「結局失われると思っても神様を選択すれば後で神様がすべて与えてくださる、すべては神様のもの」ヨブ記や御言葉からそう頭で知っていたとしても、迷う。なぜ?現実問題厳しいのも知っているから。

さっきは単なるたとえで「明日死ぬかもしれない状況」とか言いましたが、実際その状況だったらいったいどれほどの緊張感かと思います。

イエス様はそういう状況で、自分の命と神様の御心、どちらをとるのかという選択で神様の御心を自らとりました。神様がどれほど複雑な心境であったのか、また、イエス様がその選択をしてくれて神様がどれほど嬉しかったのかと思います。

本当に愛の人。真の愛の人。その人が2000年経っても語り継がれるようになった。

【2008/08/22 09:13】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
摂理についていくべきかどうか迷っている、いったんは摂理を出たがまだよくわからない、という方に
メアリーキャサリンバクスターの「地獄についての神の啓示」という本を読みながら衝撃を受けています。

少し読んだだけでその描写の細かさ、正確さに、実際その場所を見てきた人にしか書けないはずの文章の力が、圧倒的な緊張感と共に感じられました。

僕は摂理が自分のいるべきところかどうか真剣に悩んだ時に、自分の信じているものは何ものか確かめようと、いろいろな宗教の本を読みあさったことがあります。

当時摂理の中で聞く摂理側の意見だけでなく、世の中一般に出回る本で、摂理の位置づけを知りたかったのです。それで、摂理で言う「既成のキリスト教」とはどういうものか、アウグスティヌスの著書、ハイデルベルグの信仰問答、その他キリスト教に関する一般的な本を読み、教会にも行ってみたのをはじめ、仏教、イスラム教、新興宗教、原理講論、カルト宗教と呼ばれるもの、霊界について、日本の宗教、世界の宗教、とにかく精神世界のコーナーで目につく世の中一般に出回る本を読んで確かめようとしていました。

自分が人生をかけてついていくところだから、妥協したくはありませんでした。もちろん聖書もそのひとつです。その時この「地獄についての神の啓示」は見当たらなかったのですが、きっとあったら読んでいたと思います。

ですからもし摂理についていくべきかどうか迷っている、いったんは摂理を出たがまだよくわからない、という方に判断材料のひとつとしてぜひお勧めします。

摂理発刊ではなく、エターナル・ライフ・ミニストリーズという摂理と関係ないところから出版されています。
「地獄についての神の啓示」
http://eternal-lm.com
(ホームページはかなり怪しげですが(^ー^;)、内容は知って後悔しないと思います)

1994年にアメリカで発刊され、その後日本語訳されたようです。


【2008/08/17 21:06】 | 御言葉 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ブレイクスルーがほしい
最近毎日「出会いと対話」をなんらか修正しているんですが、昨日丸一日あれやこれやいじりながら、今のやり方では限界を感じました。

いくつかまだ載せていないコンテンツはあるんですが、それが掲載された姿を想像しても、ありきたりのサイトになってしまってつまらんとです。手持ちのコンテンツはまるっきりパワーが足りません。

やっぱり「摂理ならでは!」というパワーがほしいっすよね。爆発力があるじゃないですか、摂理って。

芸術祭やるときはみんなで「この舞台にすべてをかける」って感じにものすごい力を発揮するじゃないですか。

僕はあの力がその場限りで終わってしまうのが本当に惜しくてしょうがないと思うのです。毎回また作り直し。個人にはノウハウが残ってレベルアップしていくけど、その人が教会を移ったりしたら残っていなかったり。

歴史の記録としてビデオにはおさめますが、編集はすごい手間で、広報の人は涙ぐましい時間を費やすわりに、見るとしても作ったあたりか、年に一回の総集編ビデオを見るくらいであとはお蔵入り、って本当にMOTTAINAI!と思うんです。マータイさんもビックリします。

映像を加工して、インターネットに動画として載せていけば本当に社会に影響を与えるコンテンツをたくさん発信していく力があるんと思うんです。

たとえば摂理サーファーの「摂理と日韓問題」という記事があるわけですが、これは書かれてからすでに1000人を超える人が見ています。1000人の集まりを想像してみてください。「出会いと対話」自体、現時点で一か月に数万PVあるんです。ネットに載せることで、かけた労力が少しも無駄にならず、多くの人に発信できるんです。

だから私の意見としては、
すでに摂理にあるコンテンツを有効活用したい!顔はわからないようにネット用に編集してどんどん公開したいし、WEBの公開も考えて各活動をしてもらえたら、数万人単位で恵みを受けられるし、後から来る人が自動的に楽しめるようになるんですよね。労力もそれ以降かからない。各分野の専門家でひとつになってやったら(各分野で専門家がいるということもすごいことですが)当然歴史も早く進むと思いませんか。

その場の感動や雰囲気は生の芸術には確かにかないませんけど、時間が経つにつれてかけた手間の何千倍も効果をあげることになるはずです。

芸術祭のパワー、実際にすごいと思います。人に見せるわけでやっているわけではないけれど。

摂理の内向けへやっていた活動を少し外向けに加工するだけで、十分今の世の中へ対するインフルエンサーになれると思うんです。

摂理の活動を世にオープンにして、告げ知らせていきませんか。もちろん芸術だけでなく、個人の技能、才能、知識、コンテンツをお持ちの方、ぜひ一緒に協力してやりましょう。






【2008/08/15 09:37】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
摂理の裁判の一審判決
一審判決が出ましたね。懲役6年。

自分の立場を明らかにしておくと、たとえ裁判がどう転ぼうが、先生が重罪人にされようが、先生についていくということは決めています。

ですが、今回の結果は非常に残念です。

実質的に弟子として何も擁護できなかったことが悲しいです。

自分の出会った先生がそんなことをするはずがない。

私利私欲を果たすためなどに、毎朝わざわざ御言葉を伝えて、詩を何十本と書いて、本を20回以上校正して書いて、時間のない中で何枚も絵を描いたりしながら生活するでしょうか。数万人弟子がいるのだから、もっと楽して贅沢に暮らすこともできるでしょうに。

でも先生は誠実で絶対に手を抜かない人です。

無罪の人が有罪にされてしまうのが本当に無念でたまりませんが、そんなことを言っている暇があれば早くあなたのやるべきことをしなさいと先生がおっしゃりそうです。

先生は一生懸命私たちに生きた生活、生きた芸術や新しい文化を伝え、様々な人の才能を御言葉によって開花させてくださいました。

これからどんどんそういった文化を紹介しながら、先生が成した偉業がどれほどのものか、実質的に広く伝えていく責任があると感じました。

今までできなかったことを改めて、今日からいっそうがんばんべ。
【2008/08/13 00:57】 | 先生 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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