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最近調子が悪そうなメンバーがいたんですよ。
それでいったい何があったのかと話しにいったんです。 重苦しく話すのもなんなので、世間話から話しかけ、とびきりのネタ(僕にとって)や最近考えていることなど、隣でああでもないこうでもないと話していました。でも、彼の方からは何も話そうとはしてくれなかったんです。 え、話し方が悪かった?ネタでひいたんじゃないかって?いやいや、結構話しやすい雰囲気になったと思ったんですけど… 彼が何かしたい、ということでもわかれば、電光石火でなんでもしてあげたいと思っていたんですけど、求めている様子でもないし…。隣で話しかけながら、彼自身が話をするのをとにかく待つしかありませんでした。 力の入らない彼を見るたびに、どうしたら喜んでくれるのかよくわからなかったんですが、昨日 「これと同じくこうだ」どどーん! と御言葉で悟らせてもらいました。 神様も自分に対して同じ、と。 ああ、神様も自分に対してそうなんだ。神様はいつもすぐ隣にいて、御言葉で話してくれている。いろいろな話をしながら、本人から話してくれるのを待っているのだろうな。自分からはよく話さないでいます、自分。 求めているのならなんでもしてあげるから求めなさい、もっと話をしてわかりあいたいから祈りなさい。祈ったときはすぐ叶えてあげるから。 神様はその人の内面まで知っているけれど、あえて本人から話してくれるまで、待っている神様なんだな。 |
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marusumさんの摂理のほんやくコンニャクのブログで、鄭明析先生の生活の記録が書かれています。
これは韓国で鄭明析先生の随行員をしていた人が書いたブログを翻訳したものです。 常に多忙と聞いていますがこうやって書いてあると実感わきますね。 |
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あるブログの記事が超人気記事になっていた。
ストレッチのコツ、あるいは「実録! 体育教師に『なにその硬さ。お婆さん?』と嘲笑されたわたくしが開脚前屈で胸をぺったり床につけられるようになるまで」(追記あり) これはすごい。 ただ柔軟を毎日やっていれば胸が床につくようになるんじゃなく、体の使い方にコツがあった模様。 早速このブログのネタ元となった
この本早速買って読んでみた。とても興味深い内容だった。 体のことで様々な誤解を説明。イチローやモーリスグリーンをはじめとした並みいるトップアスリートの動きを研究して解説している。 なるほどなと思うことが多かった。 たとえば私たちは「地面を蹴ることによって速く走れるようになる」といつの間にか考えていて、足の親指の付け根や足首で蹴ろうとしてしまう。しかし実際トップアスリートの動きを観察するとそれほど「蹴る」動きがみられない。また、前足のかかとから着地して後ろ足で地面を力強く蹴りだす動きをしようと心がけるが、実際こうするとかかとでブレーキがかかってしまい、この状態で体を前に進めるために後ろ足を強く蹴りださないといけない。 つまり後ろ向きの余計な力がかかってしまうから効率が悪いというもの。そういえば高橋Qちゃんが世界をとったピッチ走法も、前足をべた足で着地して足の回転数をあげるという解説もみたことがあった。「蹴る」と自分ではがんばっているように感じても、マイナスの力が働いているので効率が悪いとのこと。 他にもサッカーでボールの真横に立ち足をおいて蹴るキックは安定しているように見えるが、軸足が真横においた足であるため、一瞬蹴った後に動作が止まってしまう。体重を蹴る方の足に移動しながら、ボールを蹴った後に足を踏みかえる、つまり右足で蹴った場合、蹴った後右足から着地するようにすると、体重がボール側にのり、強いボールが蹴れるし、蹴った後すぐに動けるという解説があった。 自分でサッカーをやってみて確かにそうで、意外だと思った事実だった。 正しいように見える理論でもやってみると実際違うことがあって、この本は実際やってみたあるいは観察して研究した内容から書いているようだった。 トップアスリートたちは実践しながら、常識とされる考えの間違いを知っているんだなと思った。 摂理の先生の教えもそうで、普通はキリストが雲にのって空からやってくると考えているが、そのようにはこないと説いた。 そういった考えは教えてもらうとごくごく常識的な考えだけれど、教えてもらわないと間違ったやり方でなにかをロスしている。 古い観念にとらわれず、新しい考えを取り入れて生きることの大切さを教えてもらった。 柔軟な体も手に入れたいが、柔軟な思考でい続けたいと思う。 |
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優秀なナースがいるとシステムがなかなか改善されないという話
これを見て妙に納得。 方法論として普通の人がやったらもうそのやり方では限界なのに、一部の職人的にできる人ががんばって回している現場。仕事はどんどん職人的な人に集中して、暇な人は暇。できる人が疲弊して、しまいには辞めていってしまう。 会社に入って教わったことの一つに、その仕事が自分しかできないという状態は、その人がなんらかの理由で別業務に就いたり退社したら回らなくなってリスクが高いから、仕事を切り分けてだれでもできるよう汎用化することが大切だということだった。 この部分はまだ自分しかできないけど、ここはドキュメントに書いておいたから新入社員でもできるよね、というように仕事を進める。普通の人でもできるようにしていかないと大勢の人たちのやることがなくなって組織がうまく機能しなくなる。 これが組織的に進めることなんだなと思った。一回道を作っておいたら後の人が苦労しなくなる。 ところがなかなかそうならないという現実があった。 その理由を主観的に考えるなら、 ・ドキュメント化するのは面倒。 ・自分にはそんな時間ないしやらなければいけないことがたくさんある。 ・前に他の人にやらせても失敗したし、信頼できない。 ・自分がやった方が早い。みんな早く実力つけて。 ・任せられる人がいない。 という考え方にあるんじゃないかと思う。 あるところまで大きくなったら考えの転換をして、組織的にやれるように整備していかないといけない。任せられる人がいないのではなく教えていないだけではないか。 面と向かってそこに時間を使わなかったら組織は大きくならず、いつまでもつらいままで、ますます先細っていく。 先生の箴言にとてもシンプルで深いものがあった。 「出来ない時その方法を変えよ。そうすればより理想的になる。」 摂理ブログのポータルサイト「出会いと対話」 |






