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メアリーキャサリンバクスターの「地獄についての神の啓示」という本を読みながら衝撃を受けています。
少し読んだだけでその描写の細かさ、正確さに、実際その場所を見てきた人にしか書けないはずの文章の力が、圧倒的な緊張感と共に感じられました。 僕は摂理が自分のいるべきところかどうか真剣に悩んだ時に、自分の信じているものは何ものか確かめようと、いろいろな宗教の本を読みあさったことがあります。 当時摂理の中で聞く摂理側の意見だけでなく、世の中一般に出回る本で、摂理の位置づけを知りたかったのです。それで、摂理で言う「既成のキリスト教」とはどういうものか、アウグスティヌスの著書、ハイデルベルグの信仰問答、その他キリスト教に関する一般的な本を読み、教会にも行ってみたのをはじめ、仏教、イスラム教、新興宗教、原理講論、カルト宗教と呼ばれるもの、霊界について、日本の宗教、世界の宗教、とにかく精神世界のコーナーで目につく世の中一般に出回る本を読んで確かめようとしていました。 自分が人生をかけてついていくところだから、妥協したくはありませんでした。もちろん聖書もそのひとつです。その時この「地獄についての神の啓示」は見当たらなかったのですが、きっとあったら読んでいたと思います。 ですからもし摂理についていくべきかどうか迷っている、いったんは摂理を出たがまだよくわからない、という方に判断材料のひとつとしてぜひお勧めします。 摂理発刊ではなく、エターナル・ライフ・ミニストリーズという摂理と関係ないところから出版されています。 「地獄についての神の啓示」 http://eternal-lm.com (ホームページはかなり怪しげですが(^ー^;)、内容は知って後悔しないと思います) 1994年にアメリカで発刊され、その後日本語訳されたようです。 |
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チョン・ミョンソク先生の教えはごくごく常識的な教えだ。
「死人が生き返ることはない。 今まで全人類を見てきても、死体が生き返ったということは現実的に一度もなかった。」 「キリストが雲にのってくることなどない。雲の上に人は乗れない。」 僕が以前ある教会に通っていた時、 伝道師の人が真剣な面持ちでこのように話してきた。 「普通では到底信じられないことを信じる時から信仰が始まる」 この伝道師の教えと、チョン・ミョンソク先生の教えと、どちらを信じるかと言われれば 僕は先生の教えを信じる。 初めて宗教や信仰に向き合った僕は、摂理の教えが常識的な教えだったからすんなりと受け入れられた。(この場合世間一般的な感覚の「常識」という意味) 知りもしない人のことを「信じなさい」と言われても信じられない。 摂理では神様のこと、聖書のこと、イエス様のこと、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。 興味をもって聖書をよく読んでみたら、意味のわからない儀式も説明が書いてあった。 ある困難を抜けた時に、神様が祭りをしなさい、といったり、岩を立てなさい、といってそうする時があった。 それにはこんな説明がついている。 この困難から神様が助け出したことを知らない人たちがいる。その人たちが、「この岩はなぜたてたんですか?」と聞いてきたときに説明しなさい。「これは神様がこれこれこのようにして助けてくれた記念だ」というように、知らない人たちが疑問に思って聞いてきた時に、当時の状況を説明して、伝承していきなさいという内容だった。 意味もわからずただ信じなさい、とは言わない。 意味もわからずにただやっていたらいつかは大変な目にあう。 宗教のこと、聖書のこと、神様のこと、 話を聞いてみたら「ああ、それで誤解しているのか」とすっきりすることがたくさんあった。 先生の教えはとても常識的。宗教=奇跡というもともとの僕のイメージを完全にくつがえしてくれた。 |
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私が摂理の先生に信頼を置く理由−
それはこの考え方 実践者だけが勝利することができる 私の知る先生はいつも「現場の人」だと思う 故郷を開発されているとき 工事現場で毎日夜遅くまで自ら石を積む作業をしていた サッカーの国際大会を開くとき 自らサッカーの試合に出場して60代の先生が20代の人たちと一緒にプレーしていた 山育ちで水泳は不得意だが 海に行ったら率先してバシャバシャと泳ぎ、できないこともやればできると語られる 自ら行った結果の言葉を語られるから 言葉に人の心を動かす説得力がある これがもし騙すためのパフォーマンスだとしたら 死ぬ気ですべてやり遂げなければいけない過酷なパフォーマンスだ 一方、本からとってきたいい話 他人が原稿を書いたスピーチ それをとってきて語るだけでは、人を動かすことなどできないことを 私たちはだれでも経験から知っている 「理論的には正しくてうまくいきそうでもやってみると難しい 理論的には到底できないと思うことでもやってみたらすぐにできる」 「私は人より劣っているから、人の数十倍行わないといけない」 そんな泥臭い現場から這い上がってきた先生だから 私は先生の話が好きだ 実践者は黙々と作業し、必要のないことを語らない 行動した結果を見れば、正しいことだったかそうでなかったのかわかる つべこべ言わずに行動してついてきなさい 私はそんな先生だから好きだ |
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摂理では先生がひたすら親孝行について教えられる。
「親孝行?基本でしょ。」 先生はそのようにおっしゃる。 先生がいつも母親を大切にされている姿がある。 以前、これでもか! というほど、先生とお母さんの写真を見せてもらった(貼ってあった)。 先生とお母さん、仲いいでしょ、ということを見せたいわけではなく、 あなたがたもこのように両親を愛しなさい ということなのだろう。 摂理ではとにかく親孝行をするようにと教える。 「たまにはお父さんに晩御飯でもおごりなさい」 と言われたこともあった。 摂理人のご両親の方々、 娘息子が摂理に入ったら親孝行しなくなった というのであれば、 それは私たちが御言葉を実践していないだけです。 すいません。がんばります。 摂理ではひたすら親孝行をしようと教わってます。 摂理ブログのポータルサイト |
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自分に与えられた環境で楽しんで生きていく。
いつも環境のせいだと言って 楽しい雰囲気を壊してしまう人はどうでしょう。 そういう人と一緒にいたくありません。 どんな環境にいても自分次第だ。 自分次第で喜んで楽しむ世界に変わる。 いくらいい環境にいても不満ばかりいうと そういう人生で終わってしまう。 あなたの前にある茨のような患難 それをかき分けてのぼっていかないといけない。 あなたが進んだときに後の人が進んでいける。 道を造ることができます。 道を造ったときにみんながついていきます。 この茨に道を造るには、あなたでないとできない。 なにか問題があっても突き進めてください。 中間くらいにいたったときに神様の声がします。 行きなさい。 自分の執念を投資してから声がします。 走って突き進めていくときに変わります。 止まるな。 突き進めていくときに変わるから。 行きなさい。 始める前にはなにも聞こえません。 後になって、茨をかき分けてよかった、と思うようになる。 この道を造ったときにもっとも大きい箴言は 「進行中に神様が共にしてくださり、声を話してくださる。」 進めないとなにもおっしゃいません。 そうするときに大きな仕事ができます。 |
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