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摂理では先生がひたすら親孝行について教えられる。
「親孝行?基本でしょ。」 先生はそのようにおっしゃる。 先生がいつも母親を大切にされている姿がある。 以前、これでもか! というほど、先生とお母さんの写真を見せてもらった(貼ってあった)。 先生とお母さん、仲いいでしょ、ということを見せたいわけではなく、 あなたがたもこのように両親を愛しなさい ということなのだろう。 摂理ではとにかく親孝行をするようにと教える。 「たまにはお父さんに晩御飯でもおごりなさい」 と言われたこともあった。 摂理人のご両親の方々、 娘息子が摂理に入ったら親孝行しなくなった というのであれば、 それは私たちが御言葉を実践していないだけです。 すいません。がんばります。 摂理ではひたすら親孝行をしようと教わってます。 摂理ブログのポータルサイト |
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先日サッカーをしながらこんなアドバイスを経験者からもらった。
「ボールをとりに行かなくても、そこにいるだけで相手からみたら嫌なんです」 チームでディフェンスをしているときのポジションのアドバイスをしてくれた時だった。 素人の私は動き方がわからずに、ボールをもった相手がくると反射的にボールの方に行ってしまう。そして抜かれるかパスを通されるかする。 そのアドバイスに従って、ボールに、ボールにといかずに、全体を見渡してみた。すると、相手がパスを回しにくそうにしていた。「この状況ではこの位置に立っているのが正解だ」 アドバイスを聞いたときは一瞬「それだけでいいの?」と思ったが、経験者は、その人がそこにいるということが、チーム全体にとってどれほど価値のあることかわかっている。 素人目にはいつも点にからんで目立つ人が注目を浴びる。しかしその人たちが埋めることのできない穴を、他の人がバランスよく埋めることでチームが機能する。 「その人がそこに『いる』ということが大きい」 仕事でチーム活動をすると、自分がそこにいる意味がわからないことがある。チームで活発に活躍している人を見ながら、「自分があのように動けていない。自分がここにいる意味がないんじゃないか」と感じることがある。 しかし自分がそこにいるということは十分に価値がある。素人の自分が気づいていなくても、回りの人がその価値に気づいていなくても、その場所に自分がきたのだから。意味があってそこにいる。 他の人ができずに、自分だけがそのチームでできることがある。その意味に気づいたとき、自分の価値を発揮して楽しく過ごすことができる。 |
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今週の御言葉は
「お互いに話し合ってみて心をひとつに合わせなさい」 という内容だった。 特に自分と合わないなと思うような人と。 最近会社で上司からこんな仕事を任された。 「あの業者の年間運用費が高すぎるので、ほかの会社に替えよう。」 高くて少し横柄な態度をとるその業者の営業に上司は腹が立っていた。 確かに高すぎる値段だが、上司の命令とはいえ、今まで付き合いのある業者を切るのは気が重い。 新しい業者を手配して手続きするのは簡単だったけれど、 やっぱり御言葉が気になってその業者の営業を呼んで話してみた。 「うちの部はこういう理由で予算がなく、御社の運用費はこちらの予算をはるかにオーバーしている。上司がこういう理由で業者を変えてはどうかと言っているが、どう思うか。」 包み隠さず話した。 どうやら「高い」とうちの上司からいつも怒られている業者の営業は、その理由がはじめてわかったらしい。 ああ、そういうことですか。それならこちらからこういう代替案を提案することもできますよ。 そして話して出てきた見積もりは、当初の半額だった。 面と向かって対話をしただけで、心を悩ましていたつっかえ棒があっけなく外れた。 思えばその業者の営業と一対一で面と向かって話したのは初めてだった。間に仲介業者が入っていて、お互いの対話はその業者を介していたからだ。こちらの言ったことが誇大に聞こえたり、相手の話の意図がそぎ落とされていたりしていたようだ。 お互いに対話をしてみれば、重くのしかかっていた誤解の塊は、こうも簡単にほぐれるものかと思った。 非常にタイムリーな御言葉。今週は心を開けて、お互いに話し合ってみるという御言葉を実践すべき。 |
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